7・8・9日の三日間のおばあちゃんの事、経過状況だけ書き込みま~す。
7日
7時に起床してきて、朝食は普通に食べました。食後、「目が痛くて明けていられないし、ねむいから」と言ってベットに入ってしまいました。
食事の後片付けを終わってから様子を見ると眠り込んでいるのですが、呼吸の度にゼーというようなかすかな音がしています。
脈をとってみるとかなりひどい不整脈です。
念のために診察を受けようと、電話で容態を伝えた後、医療生協「葉山クリニック」に出向きました。
到着後直ちに心電図をとり、診察をうけました。
診断結果「全身に浮腫があり、特に心臓・肺は浮腫に圧迫されて機能低下を起こし、深刻な状態。入院設備無し・検査機器も完備してない当院では対応しきれない。空きベットのある総合病院を探して転送する。長距離(秩父へ)の移送・帰宅は許可できない」とのこと・・・。
田浦共済病院に空きベットがあり、車で20分程なので、救急車を使わず、自家用車で向かいました。
共済病院では、受付に名乗ると、救急患者として受け入れ態勢が整っていて、直ちに診察室のベットに案内され、即採血・採尿、その後、点滴を受けながら、レントゲン・エコーなど様々な検査が行われたようです。
14時過ぎ、医師からの説明がありました。「心不全、呼吸困難、腎機能低下、貧血(酸素供給不測)がみられる」とのこと・・・。
特別室(重態患者室)への入院が決まりました。
看護士から説明を受けたり、質問に答えたりを終わって、私が一旦帰宅したのが5時間近。
とりあえずの着替えや雑貨を持って、再び病室に入ったのが19時近かったでしょうか。
顔を合わせるなり「昼も夜も食事が出なくて、腹がへって、死にそう!!」 と悲壮なまなざし・・・。
病室に居合わせた看護士から 「治療の都合上24時間の絶食になっているので、我慢してください。水分のコントロールが必要なので・・・」と説明がありました。
パンパンにむくんでいた両足は、細かな皺が出て腫れがかなり引いていました。点滴液には離尿剤が入っているとのことです。
8日
面会時間は13時から20時です。
ひなたを(午睡に)寝付かせてから病院に行きました。
おばあちゃんは顔を合わせるなり「朝も昼も食事が出ね~んよ!!」と訴えますが、昨日よりもずっと穏やかな顔つきです。足のむくみは(見た目には)きえています。(看護士は「未だ残っている」と・・・)
昨日から着たままの下着・パジャマを看護士に着替えさせていただき、さっぱりしたところへ岩倉夫妻が来てくれました。
奈津美さん 「おばあちゃん、元気じゃない!! 顔色も良いし~」
おばあちゃん 「食事が出なくて、腹がへって! 力がつかねえんよ。看護婦さんは(点滴)が食事だって言うけど・・・。点滴を飲んじゃいたいくらいだよ~」
花束を貰ったおばあちゃん 「ここに持って来るより、退院して皆で集まってくれる時に(花束を)くれいな~!」
私 「ソウダ!! 退院祝いどころじゃない!!、昨日の私の報告で、皆、葬式の花の心配をしてるかもしれない。すぐに葬式準備を取り止めて貰わなくちゃ!!」
おばあちゃん 「なっちゃん! 葬式になったら何にも持って来なくていいかんな。香典もチットだけど預けてあるから・・・」 (誰に??)
奈津美さん 「チットじゃなくてウント預けておいてよ! それ渡されたら、そっくりそのまま(香典に)出すか出さないかは良く考えさせて貰うから・・・」 爆笑でした。
重態の患者さんが居る病室でのこんな会話・・・・不謹慎でした・・・反省しています。
9日
ひなたを寝かしつけて、2時過ぎ病室に入りました。
顔を合わせるなり「今日は昼ごはんが出たんよ!! 5分粥と味噌汁、おかずが4種類。全部食べちゃった!! 粥が上手に炊けていて、うまかった!!」 と・・・
食事中、めがねをかけたつもりで居たのに、「酸素吸入の管を鼻からはずしておでこに乗せていた」 ことを話してくれながら、
「食事の内容をメモしようと思ったけれど、食べたすぐ後なのに、もう何を食べたか忘れちゃった!」 と話しながら、
「看護士さんたちが皆親切で、体の隅々まで拭いて下さる」と話しながら
笑いがとまらず、上々機嫌でした~。
今日 「体重測定したところ40キロだった」と看護士さんから知らせがありました。
7日に葉山クリニックで測定したときは43.5キロでしたから、2日間で3.5キロも減っています。
「今後2週間(入院で)の経過を診た上で、その先の見通しを立てる」という医師の伝言を聞いて退出してきました。